沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇

クロード・シャブロル監督「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995)鑑賞。


社会的弱者である女2人がブルジョワ家庭を皆殺しにする物語。
ちょー面白い

シナリオ作りの参考にしたいので、物語を自分なりに整理します。
ですから結末まで書きます。


金持ち一家の妻は家政婦ソフィーを雇う。ソフィーがこの一家を皆殺しにする1人。
ソフィーは優秀な家政婦であり、好意的に迎えられる。
しかしソフィーは一家に心を許していない。
ソフィーは失読症で、文字が読めない。彼女はそれを必死に隠す。失読症であることは終盤まで台詞で語られないが、彼女の行動から察することはできる。
家政婦として優秀に職務を果たす一方で、理解に苦しむ異様な行動をとる。「文字を読めないことを悟られたくない」というソフィーの想いは異常だ。失読症だと職を失ってしまう社会なのかしらと考えながら観ていたが、そうではないらしい。ソフィーは「彼らに知られたらおしまいだ。なんとしてでも隠しとおさなければならない」と信じている。異常だが、その想いの強烈さに惹かれる。
「ソフィーはなにを隠しているんだ?そうか文字が読めないのか。だがなぜそこまでして隠すんだ?」という謎が序盤の物語の求心力。
展開されるのは非常に地味なアクションだが、緊迫感が醸成されている。スピード感のある撮影も素敵。パンやズームのつかい方に惚れ惚れ。編集の呼吸も心地いい。


金持ち一家を皆殺しにするもう1人が、郵便局員のジャンヌ。
ジャンヌはソフィーに興味を持ち、親交を深める。
「二人には過去になにかあったらしい。」と匂わせ、徐々に過去が明かしていく。
ジャンヌは我が子を殺したという嫌疑を、ソフィーは寝たきりの父を殺した嫌疑をかけられたことがあったのだ。
お互いの罪を明かしたことで共犯意識が芽生える。
ベッドの上できゃっときゃっとじゃれあうシーンや、お互いの体に手を回しながらテレビを観るシーンが印象的だった。
二人の繋がりが強くなっていく描写は高揚感を覚える。キャラクターたちが仲良しになると、観客はどうして嬉しくなるのだろう。
プロットポイント�は「ソフィーが独断でジャンヌを屋敷に招き入れる」開始から30分くらいのところ。

金持ち一家の夫はジャンヌを軽蔑している。ジャンヌは証拠不十分で不起訴になったが、彼女に殺したに違いないと思っている。夫はソフィーがジャンヌを屋敷に連れ込むことに難色を示す。
ジャンヌもまた金持ち一家に敵意を持っている。
ソフィーはジャンヌを敵視する金持ち一家に嫌悪感を抱く。
「ソフィー・ジャンヌ VS 金持ち一家」という敵対関係が徐々に築かれていく。
ソフィー・ジャンヌの結束が強くなっていき、金持ち一家と溝が深まっていく過程が、中盤。


金持ち一家皆殺しの直接的な引き金はソフィーの失読症が金持ち一家に発覚してしまったこと。
終盤は皆殺しへと加速していく。


一家の娘がソフィーの失読症を見破る。さりげない日常的なシーンだが、サスペンスフルに描かれている。
娘は決してソフィーを非難しなかった。むしろ「読み方を教えてあげる」と優しい言葉をかける。
ところがソフィーは激しく憤りを感じる。
ここがソフィーというキャラクターの面白いところだ。
ソフィーは口外したら娘が両親に秘密にしている妊娠のことを暴露すると脅す。ちなみにこの秘密は盗聴して得たものだ。
「秘密を見破った娘をソフィーが脅す」がプロットポイント�。開始から80分くらいのところ。


娘は正直に両親に告白する。
一家の夫は当然、失読症を黙っていたことではなく、娘を脅したことに憤りを感じる。
ソフィーと金持ち一家は決定的に異なる世界観を持っていることが分る。ソフィーにとって失読症を知られずに済むのなら、優しい娘を脅すことなど大したことではないのだ。むしろ同情が憤りを増幅させたのだろう。


解雇を言い渡され、一週間以内に出て行くように言われたソフィーを、ジャンヌが一緒にやっていこうと誘う。
二人はソフィーの荷物を取りに屋敷に戻る。
二人は夫婦の寝室を荒らす。
二人は壁に飾られた猟銃を手にして、
金持ち一家を次々と撃ち殺す。
ここは西部劇的なエモショーンが立ち上がる。
金持ち一家は「社会」を象徴している。
彼らの言動はいたって正しい。
だからこそ打ち破ることに感動がある。
明らかに反社会的な二人に「行っけー!」と共感する瞬間こそ映画でしか体験できない素晴らしい時間だ。
自主映画でもそーだけど、「いい人がいいことをする」って物語が多過ぎる。そこで観客が感情移入するのって、ただの自己愛の延長じゃんって思うんだよね。
「超ずるい人だけど、なんか気持ち分かる。」って思わせることのが絶対に価値がある。


ソフィー・ジャンヌは偽装工作をし、警察に強盗事件として通報する手筈だったが
ジャンヌは車の衝突事故で死ぬ。
運転していたのは彼女を断罪した牧師。
隣に座っていたのは彼の愛人。
車のなかにはラジカセがあった。
ジャンヌが屋敷から盗んだラジカセ。
殺される直前に金持ち一家はラジカセでオペラを録音するためにセットしていた。
そこにはソフィー・ジャンヌが金持ち一家を皆殺しする音が録られていた。


ラジカセってアイテムに成る程と唸った。
記録された2人の「勝った瞬間」が敗北を決定づけた場面で冷徹に再生され、物語は幕を閉じる。